2014年10月23日

Eテレ・スーパープレゼンテーションMina Bissell(ミナ・ビッセル)の『がんの新しい理解につながる実験』:枠からはみ出た考えが進める“がん細胞研究”:thinking outside the box!

先日、は乳がんに関する最新の状況についてお伝えしました。遺伝子検査、そして乳がん手術後の乳房再建手術、そして術後の放射線治療、日本人では増えつつある乳がんへの対応は進歩しています。
現在では遺伝子の解析や多くの実験からの理解によって、がん細胞が異常増殖する仕組みなども段々分かってきました。

本日はがんメカニズムを理解するのに新しい道を拓いたMina Bissell(ミナ・ビッセル)のTEDトークをEテレのスーパープレゼンテーション『Experiments that point to a new understanding of cancer:がんの新しい理解につながる実験』の紹介をします。

Mina Bissell(ミナ・ビッセル)はイランのテヘラン生まれの方です。18歳のときイラン国内でトップの成績を収め、国王から賞状をもらうほどの方です。その後、奨学金を得て単身アメリカに渡り、当時のラドクリフ女子大学(現在のハーバード大学)を卒業し、ハーバード大学医学部に進み、細菌学、生化学、微生物学、分子遺伝学を学びました。博士課程を取得し、結婚、出産を経て、UCバークレー校でがんの研究に従事した後、現在はローレンス・バークレー国立研究所内でCell & Molecular Biology部門の責任者、Life Sciences部門の責任者(director)として活躍されています。本人の専門は乳がん(breast cancer)です。

Minaの講演はTEDトーク的にもとても興味深いお話しでした。※このトークは実は2012年6月に行われたものです。

Mina以前のがんの研究はがん遺伝子の研究が主体でした。Minaはそこに微小環境(microenvironment)という考えに基づき、がん細胞自身ではなく、がん細胞の周りの環境に最初に着目しました。がん細胞が、それを囲む物質とどう関わるか、です。このMinaの発見した成果は、がん発生のメカニズムの解明に大きく寄与したと言われています。

TEDトークでは、どのようにしてその考えや発見に至ったのか、そして若い人には“thinking outside the box(枠からはみ出て考えてみる事)”の重要性を訴えていました。

タイトルは『Experiments that point to a new understanding of cancer:がんの新しい理解につながる実験』です。


Minaは元々の専門はがん研究ではなく、化学、細菌遺伝学がMinaの専門でした。Minaにとっては、周りのがん研究者の主張、がんの原因とかがんの組成、と言った事に、納得出来ない事が多かった、と言います。そして多くの疑問が湧き起ります。

発生生物学的には(iPS細胞の研究の紹介などで最近の我々にはよく知られるようになりましたが)、人間は1つの受精卵(fertilized egg)から“発生”します。そして成長して人間になります。
1人の人間の体の中にある全ての細胞は同じ遺伝情報を持っています。何故、鼻が鼻になり、肘が肘になるのでしょう?鼻が肘になったりしないのでしょう?

クローン羊のDollyは1つの乳腺細胞(mammary cell)から創られました。どうしてそのような事が出来るのでしょう?

人間の体の中の細胞の数は10〜70兆(trillion)です。全ての細胞の遺伝情報は同じなのに、どのようにして様々な組織に、そして様々なパーツからなる人間の体が出来上がるのでしょう?

そして、がんの発生に関してですが、がん遺伝子(oncogene)1個を含む細胞1個がある事が、(人が)がんになるのに充分、と言うのでしょうか?Minaが研究に携わった時代の定説が、そうだ、と言っていたのです。

Minaにはこの定説が感覚的に信じられませんでした(not make sense)。(人の)細胞の数は“兆“のオーダーもある膨大ですので、その1万分の1とか10万分の1ががんに変異するだけでも全身がんだらけ、と言う事になります。しかし、そんな事は起きていません。
※がんの遺伝情報があるからがんになる、というのはおかしい、と言う事です。Minaはがんの遺伝情報の存在を疑っていません。がん発生のメカニズムががんの遺伝情報“だけ”である事に違和感を持つのです。

Minaは長いこと実験を行って、“発生”には細胞の環境(context)と構造(architecture)とが深く関係する事を突き止めます。
※非常に訳しにくいのですが、circumstanceとかstructureではありません。

まず、ニワトリを用いて、それに腫瘍を発生させるウィルスを注入します。
※1911年にRous博士らはこのがん(腫瘍)を発生させるがんウィルスを初めて発見しました。がん遺伝子が見つかったウィルスでした。Rousは腫瘍の濾過液を正常なニワトリに注射して、正常なニワトリにも腫瘍が発生する事を示しました。また、培養したニワトリの細胞に対してもがん細胞化させる事も示されました。この事から、がんの原因は1つのがん遺伝子(存在or発生)だと考えたのです。しかしMinaはこの結論に納得できませんでした。

※実験結果を否定していません。結論に納得できないのです。遺伝子が犯人だろうか?もしそうなら、10〜70兆の細胞で全て起きる、つまり、全身ががんになるはずでしょ!です。

まず、Minaはがん遺伝子を青く発色するマーカーを仕込んで、それをニワトリの胚(embryo)に注入して観察しました。生まれてきたヒヨコの羽の中に青い色、つまりそこにがん遺伝子を含む細胞がある事を確認しました。がん遺伝子を持つ細胞ですが、存在の仕方は腫瘍のような塊ではなく、羽のあちこちに(普通の細胞として)点在していたのです。
そして、この羽の部分のがんを持つ細胞を取り出してシャーレ(これもdishと言います)で培養したら、この“青い”細胞の塊、腫瘍の様に増殖しました。

この結果は、がん遺伝子を持つ細胞は胚の中では腫瘍を作らず、シャーレの中では腫瘍になった、事を示しています。がん遺伝子があるという事だけではがん(腫瘍)を作らない、と言う事です。

Minaは更に考察を進めます。この結果が意味することは、細胞を取り巻く微小な環境ががん遺伝子や細胞に“何をすべきか”と言う指示を出しているのではないか、だと考えました。

Minaは乳がん(breast cancer)の研究をしています。そこで、マウスの乳腺(mammary gland)を調べてみました。

乳腺は乳房の中で木の枝のようになっています。乳房が乳(milk)を出すはのは、乳腺の根元の“線房(acinus)”というところです。Minaは乳腺の一部に注目しました。
この部分の構造ですが、イメージ的に毛根みたいな形状で、そこにはluminal epithelial (管腔上皮)細胞があり、その外側をmyoepithelial(筋上皮)細胞が覆う構造になっています。このluminal epithelial細胞でmilkが作られて、milkは管(lumen)を通って乳腺の先(乳頭)に届けられます。
※この線房の構造の形状を保つためと考えられているextracellular matrixが一番外側にあります。
Minaのグループは人工的にこの構造を作って細胞の動き、milkの生成を調べました。

まず、妊娠初期のマウスのluminal epithelial細胞のみの状態を調べました。妊娠初期なのでluminal epithelial細胞からは乳汁分泌が活発(細胞内にmilkが生成)されます。しかし、これをシャーレにいれて培養したら3日しか経っていないのですが、細胞はmilkを作らなくなりました。また、細胞核(nuclei)も形が変わってしまいました。
つまり、同じ細胞でも生体内とシャーレの中とでは全然違う、と言う事です。つまり、細胞は環境(context)に左右される、ということが分かりました。

それでは環境はどのようして細胞に指示を出すのでしょうか?

アインシュタインは『for an idea that does not first seem insane, there is no hope. (一見、馬鹿げていないアイディアは見込みがない)』と言ったそうです。
Minaの研究も周りからは懐疑的に思われて研究費もつかなくて大変だったそうです。ですが、彼女は続けました。

Minaのグループはマウスの乳腺細胞を使って調べ続けました。そして、これまで乳腺細胞の形を保つための役割、と思っていたextracellular matrix(細胞外基質)に着目しました。そこで、今度は、luminal epithelial (管腔上皮)細胞とmyoepithelial(筋上皮)細胞とを覆うように、extracellular matrix(細胞外基質)に似たネバネバした物質でくるむ構造を作りました。
そして同じように培養を行ったら、なんと、シャーレの中の培養にも関わらず生体内のような乳腺細胞の構造が出来たのです。そして、ちゃんと細胞の中にはmilkも生成されていました。

・がん遺伝子があるがん細胞は必ずしも異常増殖をして腫瘍になる訳ではない。
・正常な細胞でも細胞の周りの微小な環境によって細胞の機能が左右される。

Minaが推測したように、外の環境が何かの影響・指示を細胞に出している、事が分かりました。がんになるためにはがん遺伝子が寄与しているけど、他の要因があって初めてがん(腫瘍細胞の発生)に至る、事が分かりました。

さらにMinaはradicalな仮説を検討します。
⇒細胞組織の構造や環境が細胞の機能を変えるのであれば、がんの腫瘍となった構造をがんの遺伝子を持つ細胞であっても、normalな構造に修復することが出来るのではないか?

☆がん遺伝子を持ち暴走した異常な構造となったがん細胞の集団は、周囲の微小な環境を適切にすれば“正しい”細胞への指示がなされるのではないか?そして、正常な構造の細胞の集団になるのではないか?

Minaはextracellular matrix(細胞外基質)に着目した実験を続けます。この存在が何かの鍵を握っている、と考えたのです。

人間の乳房の正常な細胞を使って、extracellular matrix(細胞外基質)で培養したら、綺麗な構造、つまり線房細胞の構造が出来る事が分かりました。しかし、がん遺伝子を持つ(悪性の)細胞で構造は腫瘍となりました。
細胞に対する外の環境の情報が細胞の挙動に大きく影響する、という理解から、悪性の細胞の表面、外の環境との境界では、何か違うことが起きているハズです。

そこで悪性の細胞の表面では何が起きているかを調べました。すると、シグナル伝達が異常なレベルであり、伝達経路も正常ではなかったのです。この異常な状態が、細胞が制御されずに増殖させ、あるべき細胞の構造になることを邪魔していたのです。

更に、Minaは画期的な事を明らかにします。この異常な状態をある方法で正常化すると(異常なレベルの情報伝達を抑制すると)、増殖をやめて正常な線房細胞の構造に戻るのです。悪性の線房細胞が正常の線房細胞に逆戻り(revert)したのです。

がん遺伝子を持つ細胞でも、その異常な情報伝達のシグナルを阻害することで構造的には正常になることを示したのです。

多数のレベルの細胞でも、このような正常な細胞に逆戻りするかどうかの確認もなされました。そして、マウスにて、がん遺伝子を持つ細胞で(ある阻害因子を加えることで)正常な構造に戻した細胞をマウスに注入しても腫瘍は発生しないことも確認されました。

この考え方は画期的でした。新しい形のがんへの取り組み方の第一歩となりました。

Minaの辿り着いた結論は、『がん細胞の増殖・悪性挙動は組織形成の段階で決定され、組織形成は細胞外基質や微小環境に大きく影響される』でした。細胞においては形態(form)と機能(function)がダイナミックにそして相互に作用しているのです。

Minaはこの考え方を用いて、これからの医療を変えていきたい、と言います。

冒頭にあげた疑問、人間の体の仕組みですが、それは、体を構成している約70兆個の細胞では、常に細胞外基質と組織特異的遺伝子(つまり細胞核のある遺伝子)との間のシグナルの伝達がなされていて、それによって体の中の細胞の状態のバランスが維持・修復されています。
※がん遺伝子を持つ細胞でも、そうでない細胞でも、基本的には同じなのです。
※Minaのグループは時間をかけて多くのことを突き止めてきました。細胞外基質は遺伝子の染色質(chromatin)に働きかける事、また、ある乳腺細胞の特定の遺伝子のあるDNAの部分が細胞外基質に反応する事、などです。

しかし、Minaはまだまだ謎だらけ、と言います。がんの理解のためには、もっと多くの色々な発見がまだまだ必要です。
グループの若い学生、ポストドクには傲慢(arrogance)になってはいけない、と言います。傲慢は好奇心や情熱を殺してしまいます。私達は考え続けることが必要なのです、と。

※最近の彼女たちの研究成果に、培養した直後の細胞の挙動に関する発見がありました。(立体)培養した直後の細胞はどう動くのか、と言った素朴な疑問が、その挙動の可視化に繋がりました。

人間の乳房の細胞を取り出してその振る舞いを視覚化しました。すると正常な細胞では一定の一貫した(coherent)な動きをするのが、がん細胞では不規則な動きになる事が、そしてその細胞を“正常化“すると規則的な一貫した動きになる事が突き止められました。
※凄く驚くべきことですが、受精卵の胚のような動きが、例えば、この乳房の細胞でも起きている、と言う事です。とても驚くべき事だと思います。

ダンサーは踊っている間は、“踊り手”と“踊り”の両方です。しかし、踊り終わると、そのどちらでもなくなります。それはMinaが扱ってきた細胞の形態と機能と同じ、の様だといいます。

最後にトークの締めに、NASAの衛星から撮ったビーチの写真、サンゴ(coral)の写真、そして、シャーレの上に培養された乳腺細胞の写真、を示し、そのパターンの類似性を示しました。『何故、自然は、このような同じ形を創り出し続けるのでしょう?』

今や、ヒトゲノムの配置解析が完了して遺伝子の基本的な事(遺伝子のsequence、language 、そしてalphabetなどが有る事)は分かってきました。しかし、その(遺伝子のlanguageやalphabetなど)の形態についてはまだ全然理解されていません。
でも、それらの形態がある事が分かったと言う事は、課題がある事が分かったと言う事です。Mina(passionate old)や彼女のグループ(young)はそれに向かっていきます。

Minaは研究室の若手に“Don't think outside the box.”と言います。枠からはみ出す事を恐れないで、です。

以上がMina Bissell(ミナ・ビッセル)のTEDトーク、『Experiments that point to a new understanding of cancer:がんの新しい理解につながる実験』でした。


このMinaの研究成果が発表されて以来、多くの研究者ががんとその微小環境との関連を調べる研究が進められ、新たなことが解明されてきました。
がん遺伝子自体の研究と合わせて、どうしたらがん治療、もしくは、予防ができるのか?また、がん以外の細胞の成長メカニズムが狂ってしまう疾患に対して応用が効くのではないか?などが飛躍的に理解されつつあります。
※勿論、iPS細胞にてその開発に取り入れられています。

そして、人間の形成とはどの様なことを意味する現象なのか、などについても理解が進んでいます。

Minaが切り開いた微小環境ががん発生に及ぼす影響の研究については、日本でも多くの取り組みがなされています。
例えば、文科省の科学研究補助金『新学術研究領域』にがん微小環境ネットワークの総合的研究が挙げられています(領域番号:3203、領域代表は東京大学の宮園浩平教授)。
※このプロジェクトでは、がん微小環境のダイナミズム、がん幹細胞と微小環境、血管・リンパ管新生研究の新展開、転移の分子機構と治療戦略、と言った4つの研究の柱にて研究が進められています。

Minaはがん研究のアウトサイダー故に新しい発想ができました。この文科省の研究においても、そのことが意識され、この分野の研究には腫瘍生物学の専門家だけでなく、多様なバックグラウンドを持った研究者が結集することが重要である、とされています。こうした多様な研究者が集い、連携のもとに研究を行うことによって新たな展開が生まれ、飛躍的な発展が望まれると期待されています。
※この研究では腫瘍生物学・分子生物学の研究者の他に、薬学、臨床医学、生体イメージング、ゲノム科学、生体材料学など、様々な研究者・専門家が集まりました。平成23年度以降は公募研究者を含めて更に有機的な連携を計る、とされています。


それにしても、イランから単身アメリカに渡り、そして学位を取得し、結婚・出産をしながらキャリアを積んでいく、と言うのは素晴らしいと思います。
Minaは博士号を1969年に取得し、1972年にはローレンス・バークレー国立研究所で生化学者のスタッフとなっています。その間に結婚・出産をしていらっしゃいます。本人の努力も半端なかったと思いますが、その様な女性を活躍する事が可能な社会でもあります。約40年前のアメリカです。

昨今の女性政治家のキャリアアップよりは遥かに地に足がついているように思います。


それでは。
posted by 悠汲の日々 at 17:09| 日記 | 更新情報をチェックする